人生はB級ホラーだ。

良い作家さんになりたい鳥谷綾斗のホラー映画中心で元気な感想ブログ。(引っ越しました)

映画/うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

ムービープラスで録画したものを観ました。
1984年製作、ループものアニメの金字塔です。

  

  

※全力ネタバレです。

 

【あらすじ】
文化祭の準備のため、ずーっと学校に泊まり続けて準備をする諸星あたるたち友引高校の面々。
変わらずドッタンバッタン大騒ぎな彼らだが、文化祭の前日に、担任・温泉マークと保健医・サクラが気づく。
自分たちは、「文化祭の前日」をずっと繰り返しているのではないか……?

 

【ひとこと感想】
もう手の届かない、夢よりも遠い世界『観』。

 

【3つのポイント】
①騒がしい、ときどき幻想的、たまに恐怖。
②2021年の今では考えられない描写たっぷり。
ラムちゃん、『蚊帳の外』状態では?

 

【①騒がしい、ときどき幻想的、たまに恐怖】
うる星やつら観るの久しぶりだったんですが、ドタバタコメディが記憶のままで懐かしさマックスでした。
遅れて登場するラムちゃんがめっちゃ可愛かった!

教室からはみ出た面堂家の戦車(この部分がもうほんとに昭和のラブコメ)大砲部分の先端にちょこんと降り立つの、めちゃんこエモ可愛い。「来たー!」って感じ。

幻想的な描写も力が入ってました。
帽子の少女、風鈴の屋台、しのぶを見下ろす青年、宙を泳ぐ魚など、印象深い。

お気に入りは風鈴の屋台です。引き手がいないのにカラカラ動く。綺麗な悪夢って感じでした。

緊張感があったのは、真相に迫る温泉マークとサクラ先生のやりとり。
じわじわ恐怖を感じたのは、家に帰ろうとするのに、袋小路にばかり行く車や友引高校の最寄り駅に戻る電車。

うる星やつらの映画』として見れば、確かに異端だな、と思います。

 

【② 2021年の今では考えられない描写たっぷり】
さてこちら、私が生まれる前の映画です。

「えっ、マジかよ」と思ったのが、連日の泊まり込みでヘロヘロになった生徒や教師が保健室に駆け込む際に、サクラ先生が、

トランキライザー

を、処方していた場面。

 

( ・⌓・)<まじで?

 
昔の学校やばいな???
そもそも、文化祭の準備のために高校生が連日学校に泊まり込む、というのは今でもありえるのか。
自分の時代は1日だけだったように記憶しています。
(大学は死ぬほど泊まったけども)

男女が同じ部屋で雑魚寝、ってのもないですし、そもそものそもそも、ここまでがっつり文化祭(校舎改造レベル)をする高校は今でもあるのか。

特にこれからは某ウィルスのせいで縮小すると予想。そう考えたら、手の届かない夢みたいに思えてしまいました。

 

【③ラムちゃん、『蚊帳の外』状態では?】
全力でネタバレします。

ループの原因は、『「ずっとこんな楽しい日々が続きますように」というラムちゃんの願いを夢邪鬼という妖が叶えていたから』でした。

つまりラムちゃんが原因なんですけど、それにしては彼女が蚊帳の外すぎた。

原因を突き止めるのはサクラ先生と面堂で、夢邪鬼と対立したのはあたる。
一瞬、不満が生まれましたが、「ああ、これが皆の願いなのか」と思い直しました。

ラムちゃんの夢は、死ぬほど身勝手です。

友引町以外を消して、文化祭の前日という当日よりもずっと楽しい時間に大好きなみんなを閉じ込める。

恋路に邪魔な女たちは消して、
私が幸せに暮らす世界の支えになれよ、と望む。

身勝手だけど、めっちゃくちゃ可愛い願望です。
恋する乙女だからそういう部分がある。恋とは残酷なのだ。

でも、そんな可愛くて醜い願望を、ラムちゃんに自覚してほしくない。

ラムちゃんが、「こんなこと望むなんて、うちはヒドイ女だったっちゃ」なんて悩む姿は見たくないわけです。

 

見たくないものは、
見なくたっていい。

(※フィクションに限っては)

 

副題の『ビューティフル・ドリーマー』はラムちゃんのことです。
それはつまり、ラムちゃんに『ビューティフルドリーマー』で在ってほしい、という男たち(※概念です。私も含みます)の願いです。

って考えると、良い副題ですなぁ。

 

【まとめ:「やり直したい」こそタイムループの源】
さて敵対する夢邪鬼、すっとぼけた見た目の割にはなかなか鬼でした。
(というか声が藤岡琢也さんで驚いた。渡鬼の初代お父さんやんか)

あたるにラムちゃんが死んじゃう夢を見せて、夢の世界の素晴らしさをダイマするのが特に。 

 

「自分の作り出す現実と違いがない、楽しい夢の世界で思いどおりに暮らす方がいい」

「何度でもくりかえせる」 

 

この言葉、2021年現在の自分には突き刺さります。
去年、「もう2020年やり直そうや……」と何百回思ったことか。
世界中の人間がそう望めば実は可能なのでは、と空想します。

すべての人間――もしくは大多数の人間が竜宮城に行けば、100年も1秒だ。
時間とは何ぞや。現実とは何ぞや。

 

( ・⌓・)<……ならば

 

この映画において、「やり直したい」ともっとも願っているのは誰だろう?
それはたぶんこの映画を作った人、そしてこの映画を大好きな人たちでしょう。

誰もが胸に抱える『あの時』に戻ってやり直す、そんな叶わないからこそ美しい夢をもたらしてくれる――そんな映画です。