人生はB級ホラーだ。

良い作家さんになりたい鳥谷綾斗のホラー映画中心で元気な感想ブログ。(引っ越しました)

映画/罪の声

映画館で観てきました。
2020年製作、日本のサスペンス映画です。

tsuminokoe.jp



※全力ネタバレです。

【あらすじ】
テーラーの曽根は、父の遺品からとあるカセットテープを見つける。
それは、昭和に起こった未解決事件ーー食品会社への脅迫事件で使われた脅迫文の録音だった。
幼い子どもの声は、曽根のものだった。
一方、文化記者の阿久津は、脅迫事件の謎を追う企画の応援に駆り出され、脅迫犯の目的は身代金ではなく、相場を操作することだったと知る。


【ひとこと感想】
実際の悲劇はひどく静かで地味なものだと思い出した。


【3つのポイント】
①全体的に、静かでリアル。
②母親という偏見と幻想。
③その浅慮さこそが罪。

 
【①全体的に、静かでリアル】

( ・⌓・)<小栗旬氏が主人公なのに切った張ったの大暴れが無い!?

と、驚くぐらい絵面は基本的に地味です。派手なバトルシーンもなく、ひたすら人に話を聞き、主役の二人が東奔西走します。
それでいて物語がちゃんと進み、真相に近づいていくので退屈しなかったです。

また、舞台が大阪なので、見たことある景色にテンションが上がりました。特に中之島

ダブル主演なのでバディものかと思いましたが、あくまで「同じ事件を追う」だけの関係性でした。
その距離感がとてもリアル。
ぶつかって対立したりもしません。微笑みを交わす程度の、細い繋がり。
けれどそこが、『大人』って感じでよかった。それぞれにそれぞれの人生や生活があるというか、暑苦しくない『人とのつながり』を感じられました。

そして松重豊さんと古舘寛治さんが可愛かった。まじ清涼剤。

 

【②母親という偏見と幻想】
当時幼児だった曽根さんに脅迫文を読ませたのは、彼の『母親』でした。

その真相を突きつけられた時、自分の中にちょっとした反発心が生まれました。

犯人の一味である男性刑事・生島が、娘と息子に脅迫文を読ませたことについては、たいして何も思わなかったのに。

この反発心の正体を少し探ってみた。ら。

( ・ω・)<あっ、これ偏見だ。

と気づきました。

作中の重要要素である、昭和に起こった過激な学生戦争。
あの苛烈な場面の中に、曽根さんの母親はいたのです。
横暴な権力で父親を奪われた彼女は、理想の世界を得るために戦っていたのです。

私の中で、戦争というものには『男性的な』イメージがあります。

けれど。

すっぽ抜けてました。
女にだって怒りがある。
衝動的な、刹那的な、「こんな汚い世界ならぶっ壊れちまえ」という破壊願望がある。

世界を憎むその気持ちが、
成人しようが結婚しようが子どもを生もうが消えることなく燻り続けた怒りが、
曽根さんの母親に、「無関係で無辜で無垢な息子に犯罪行為を手伝わせる」という愚行を犯させたのです。

これは完全に、私の中にある偏見でした。
『母親』という生き物は、何があっても子どもを己のエゴに巻き込んだりしない、子どもを優先して考えるものだという偏見、何より幻想に抱いている自分に気づきました。

曽根さんの母親の名前は真由美。
それすら私は覚えていなかったのです。(wikiった)


【③その浅慮さこそが罪】
作品が示す『悪』を表現するのが、曽根さんの伯父である曽根達雄です。

彼はもう本当にどうしようもなかった。

私が一番怒りを感じたのは彼です。
こいつ何逃げてんだ、なんでイギリスのシャレオツな古本屋で悠々と隠居してんだ、とシンプルに憤りました。

彼は確かに、夫/父親の生島のせいで反社会団体(婉曲的表現)に追われることになった妻の千代子、娘の望、息子の総一郎の三人を一度は助けました。
けれど結局、母子三人は捕まり、軟禁されてしまった。
そのせいで、路地裏で隠れるように生きる羽目になった。

曽根達雄は、『助けたその後』を確かめることなく、「彼女らは僕のおかげで助かった、幸せになったんだ」と思い込んでいたのです。

一度も確かめることなく。
これを浅慮と言わずになんと言おう。

そんな彼は、阿久津さんに真相を突きつけられ、再び姿を消しました。

なんてやつだ。
まあ暴力で手っ取り早く世の中を変えようなんて考える人に、堪え性なんかないわな……などと思いました。

どえらい辛辣ですが、生島親子のことを思うと、どうしてもそう感じてしまいます。


【まとめ:浅慮な誰かの罪の代償は、いつも弱いものが背負わされる】
巻き込まれた生島親子の人生について、きちんとじっくり描写されたのが素晴らしい。
『事件』を扱った映画は、どうしても事件そのものに焦点を当ててしまうので、あまりこういう陰に覆われてしまう部分は描写されないからです。(あっても短い)

娘の望は、軟禁場所から逃げようとしたけれど死んでしまった。
彼女には夢があった。いつか翻訳者になりたい、そのために勉強したいと、諦めない姿が描かれていました。

息子の総一郎は、周りの人間に恵まれず、曽根さんが電話しなければ自ら死ぬところだった。
本来なら、彼は逃亡者のような人生を歩まなくてもよかったのに。
その事実を突きつけられた時の、絶望の表情が突き刺さります。

せめて総一郎が母親と再会できてよかった。

「望ちゃんの声が聞きたい」

 

泣いて抱き合う母親と息子の願いを叶えたのは、あの脅迫テープだったのですが、ーーここですよここ! 小道具の使い方がうまくて泣いた。
忌々しいはずのものが、救いになる。
とても好きな手法です。

ちなみにお気に入りのシーンは、
記者会見に臨む総一郎に、曽根さんが仕立てた素敵なスーツを着せる場面です。

たぶんこれまでの人生で、彼はオーダーメイドのスーツなんて着る機会がなかったんだろうなぁ。
『着るものの魔法』を目にしたような気がします。すごく好き。

悲劇とはとても静かで、地味で、見えづらい。
だからこそ悲しいのだ……とため息をついた、そんな鑑賞後感でした。

(読後感という言葉の映画版ってないのかな)