人生はB級ホラーだ。

良い作家さんになりたい鳥谷綾斗のホラー映画中心で元気な感想ブログ。(引っ越しました)

容疑者Xの献身(映画)


雪JUGEMテーマ:邦画

「何故言わない」
「君が友達だからだ」
「僕には……友達はいないよ」


数学

『幸せになる確率を高めるでしょう』

雪

「隣同士が、同じ色になってはいけない……」

クリスマス

「そんなことを言ってくれるのは湯川、君だけだよ」

X


邦画でいちばん好きな映画は何か、と尋ねられたら、『これ』と答えます。
観るたびに涙を流します。なんかもうそういう回路ができているのかと疑いたくなります。(′・ω・)

あらすじ。
ある男の他殺死体が発見された。男は顔を潰され、指紋が焼かれていた。
捜査線上に浮かんだのは一人の女。その女の隣人に、天才物理学者・湯川学の同窓生がいる。
彼に天才と言わしめるほどの数学者・石神哲哉の論理的思考に、湯川が挑む。


映画公開時(2008年)に、映画館へ足を運びました。
その頃すっかりドラマガリレオにハマっていた自分は、予備知識一切無しで行きました。
容疑者Xの献身』。
そのタイトルに含まれた、深い意味を特に考えることなく。
結果、大号泣でした。
当時の備忘録を紐解いてみると、
ガリレオ先生のライバルの石神はきっとイヤなやつで、ドラマの香取慎吾さんが演ってたみたいな犯人なんだろうな、とぼんやり思っていた』。
『で、松雪泰子さん演じる女性が献身的なんだろうな。ドラマの最終回の犯人の恋人みたいな感じで』。

だけど違っていた。献身的なのは、容疑者Xでした。
ものすごく痛快なものを予想していました。ドラマと同じノリで、音楽が流れて数式書きまくって『そうか(`-ω-)+キラーン』で事件解決のお決まりの展開。
冒頭がド派手な実験シーンでしたから、余計にそう思いました。
意外性も手伝って、まったく無防備な柔らかい部分を直撃しました。あのときの衝撃感情はちょっと忘れられません。

演じる方々も素晴らしかった。見所がたくさんあります。
演技の肝はやはり、堤真一さんと松雪泰子さんでしたが、従来の役者さんもドラマ版よりずっと見入ってしまいました。ドラマと映画の違い、というものを感じました。
たとえば、湯川先生が講義を終えて黒板に描かれた図形を四色に塗るシーン。
たとえば、事件が別の方向に向かっていき、けれど組織の意向には逆らえない内海刑事がガサ入れのときに見せた苛立ち。
たとえば、最後の取り調べのシーンで『気にするな』と笑う草薙刑事。

堤真一さんも、普段のかっこよさを限界まで沈み込ませ、姿勢と表情でどこにでもいそうな朴訥なオジサンになり、愛のためにすべてを投げ打つ男性になり、研究に邁進する数学者になり、冷徹な殺人者になり生まれたての赤ん坊のような慟哭を見せた。
松雪泰子さんも、美人だけどリアルな女性を演じられました。同時期に公開された『デトロイトメタルシティ』も観てたので、役者さんってすごいΣ(°ω° )になりました。

この事件、もしも湯川先生がいなければ、たぶん完全犯罪は成立していました。
友達がいなければ、彼の論理的思考によって企てられた計画は破綻することはなかった。
愛する人を永遠に守れた。
彼自身は報われないままでも、きっと満足していた。聞き込みの際に答えた、『何もありませんよ、本当に』はある意味本心だったんでしょう。
そうなったら石神の想いは、どこにも往かず、きっと本人の閉じた世界を満たす。拘置所にいても数学の研究をし続ける彼は、そういう人のように思えます。
独りでも寂しくはあるけれど、満たせることのできる天才。そんな彼が見つけた、尊い人たち。


罪を記号として見るならば、石神のやったことは到底許されるものではなく、残酷で非道、醜い行いだと思います。
けれど、それを踏まえて思ってしまいます。
別の道は無かったのか、と。
それを言ったらお話にならないんですけど、どうしても『前提』を考えてしまいます。
もしも石神と花岡親子が、もっと親しかったら。
夕飯のおかずをお裾分けしたり、娘さんの勉強を見るくらいの仲だったとしたら。
きっと元夫が訪ねてきても、別の解決策があった。彼の論理的思考が正しい形で彼女らを守ってくれた。
そして、湯川先生との再会もまた別の形になり。
あの、お酒を酌み交わし、話に花を咲かせ、最高のもてなしがあった夜のようなことがきっと何度もあった。
解かれることで誰も幸せになれない悲しい謎も存在せず、美しく誰もが幸せになれる答えがきっとあった。

そんな莫迦で甘いことを、
考えずにはいられないのです。


言ってしまえば、自分は石神がとても好きなのです。
ただ、それだけの感想になりました。俯瞰で見ようと思いましたが、やっぱり無理でした。
だけどひとつくらい、そんな物語があってもいい……と思います。