人生はB級ホラーだ。

良い作家さんになりたい鳥谷綾斗のホラー映画中心で元気な感想ブログ。(引っ越しました)

悪の教典(著・貴志祐介)

評価:
貴志 祐介
文藝春秋
¥ 1,785
(2011-11)

JUGEMテーマ:ミステリ

蓮実にとって、晨光町田の大半の教師と生徒は、将棋の駒でしかなかった。いかに操るかには神経を使わなければならないが、逆に言えば、いかようにも操り得るということだ。

「俺には、感情がないらしいんだ」

「じゃあ、僕は、心のない化け物ですか?」
(略)
「まさか。そんなわけはねえ。心のない人間は、いないんだ。ただ、おまえは、そこが……自然な感情というか、人と共感する力が、ちょこっとだけ未発達なんだと思う」




2012年12月現在、絶賛上映中の映画の原作です。
貴志先生は学生時代から読んでます。『黒い家』や『クリムゾンの迷宮』、『天使の囀り』は図書委員の特権を駆使して、学校の図書室に入れてもらいました(笑)

あらすじ。
完璧な教師・蓮実聖司。教師からも生徒からの人望も信頼も篤く、誰もが彼を善良で有能な人物だと疑っていない。
しかし彼は、他者と『共感』することができないサイコパスだった。
彼は学校に自分の王国を作るために、嘘を重ね、人を騙し、殺してゆく。


心の無い人間、といえば『黒い家』にも出てきました。
今作ではそれが主人公になっています。あ、新しい。
いざ読んでみると、蓮実ことハスミンの印象がだいぶ違っていました。
人のあたたかい部分、というものを冷ややかに見ているのではなく、冷静に見ている。時には感嘆し、分析し、自分の今後に役立てるよう『学習』している。
A.I.を持ったロボットのような。けれどロボットと違うのは、快感と不快感がきっちりあり、時に人間らしい感情(ヒトカケラにも満たない量ですが)が浮かぶ点です。

彼の究極の目的は、金! 権力! 女! ですので、
サイコパスっていっても、その辺は我々と一緒なんだなーというのが正直な感想です。そんなん私だって欲しいわ。(笑)
だけどサイコパスサイコパスたる所以は、目的のための手段がすんごく謎。おかしい。という一点に尽きると思います。
有名な都市伝説の、サイコパスかわかるテスト(葬式で恋をした相手にまた会うために~っていうアレです)』でも思いましたが。いやふつーに会いに行けよ! そっちの方がてっとり早いよ!
加えて、ハスミンの夜の営み(夜に限りませんでしたが)の作法を見ると、なんていうかもうとにかく回りくどい。絶対こいつ、バウムクーヘンの皮を外側から順に剥がして食べて行くタイプだぜって思いました。(どんな感想だ)

ハスミンはところで、結構ダジャレ好きです。
個人的にアホかっ! とツッコんだのは、『加油!』と『to die』です。ドヤ顔で言っているであろうと容易に想像つくのがまた憎らしいです。
そして彼が言う『いい台詞』(特に、恩師である熊谷先生のことを語るとき)は、彼の本性を知る者ーーつまり読者には、まったく意味が違って聴こえます。これもまた重要なツッコミポイントです。

さて話の流れとしては、自分の王国を作るためにちまちま暗躍していたハスミンが、事の流れで自分が受け持つクラスの生徒全員を殺す羽目になります。
↑身も蓋も無くせば単なるおまぬけですね。
彼曰く、『死体を隠すには死体の山だ!』。
私曰く、『いやそっちの方がめんどくさくね!?』。
出席とる感じでばんばん殺して行きます。

しかし悲しいことに、メインどころの安原、片桐、夏越、早水たち以外は、生徒の描写が少なく、同じ『クラス全員全滅』モノである『バトル・ロワイヤル』ほどの感情移入ができませんでした……。
特に蓮実に排除された蓼沼くん。惨劇の夜、殺された好きな女の子に誓いを立てるシーンが二度もあったんですが、『え? その子誰だっけ?』と入り込めず。
カラスのフギンとムニンの方が印象強かった件。残念です。

でも前島くんは結構好きでした。最期の、愛する久米先生の無実を聞いて目をつぶって死を受け入れるところはちょっと胸に詰まるものがありました。
そのときの蓮実の言葉がまたヒドい。
そして刑事さんたちの無能さよ。orz

全体的な印象としては一気に読めるエンターテイメントって感じです。
事実、二日くらいで読みました。頁を繰る手が早い早い。

最後は含みを持たせたやり方で、自由は死すともサイコパス・蓮実は死せずとホラー映画の殺人モンスターのような扱いでした。

この新書判にはおまけとして、『秘密』と『アクノキョウテン』という掌編が収録されています。
『秘密』はともかく、『アクノキョウテン』は完全蛇足かと。え? 何? 笑うとこなの? と本気で戸惑いました。

最後に疑問、ひとつだけ。


釣井(ツリー)とは何だったのか。


ものすんごい大仰に扱われてた割にはあまりにあっさりな最期……。


ホラー目的で読むとずっこけます。
サイコパスの恐ろしさを存分に味わいたいなら、『黒い家』です。
悪の教典』は、サイコパスであるという設定を持った『ハスミン』というキャラクターを描いた物語であると、ここに記しておこうと思います。