人生はB級ホラーだ。

良い作家さんになりたい鳥谷綾斗のホラー映画中心で元気な感想ブログ。(引っ越しました)

長い廊下がある家(著・有栖川有栖)

JUGEMテーマ:ミステリ


真顔で言ってから、また黙ってしまった。仕方がない。私が思いつくまま何か口走ろう。的はずれなことを並べて、行き止まりを指し示すのが自分の役目だ。

(前略)それは意義のあるチャレンジなのだ。火村自身が認めている。



「花を見て美しいと思う。空や海を眺めているだけで感動できることがある。春の風はどうしてあんなに心地いいんだろうな。俺には、世界が本質的に残酷だとは思えない」





火村シリーズの短編集です。
カバーの装丁が素敵です。黒地に白文字で、タイトルをよーく見たら数字とアルファベットが。いくつもあるので探すのもまた楽し。
今回は火村先生とアリスの、フィールドワークにおける漫才めいた(失礼)やりとりの重要性が、よーくわかります。

ラインナップは、長い廊下がある家/雪と金婚式/天空の眼/ロジカル・デスゲーム。


長い廊下がある家
英都大学社会学部の三回生、日比野浩光が夏休みを利用してのフィールドワークの最中、京都の山奥で迷った。行き着いたのは、とあるオカルト雑誌の記者が取材しているいわく付きの家。
無事に取材を終えたが、翌朝、リポーターが死体で発見される。

ある意味密室系です。二つの家を結ぶ、廊下という名前の地下トンネル。途中にある閂がかかった扉の向こうで、死体が見つかります。
例にもよって、火村先生の助手のアリスがポップコーンのような推理を披露するのですが……自分の推理が当たったと思ってはしゃぐアリス可愛いなあ。
火村先生が即座に一刀両断せず、ソウカモネのポーズだけで、胸に暖かいものがこみ上げるって……


雪と金婚式
金婚式を迎えた老夫婦が幸せな雪の夜を過ごす。けれど次の日、居候が死体で発見される。犯人の目星がついたと言った夫は、事故により記憶喪失になってしまった。

正義に悖る優しさです。間違ってはいるけれど、理解できなくも無い。
老夫婦の、旦那さんが奥さんに対する愛情が柔らかくて、淡い雪みたいで素敵でした。
どうでもいいんですが、火村先生たら口笛好きですね。


天空の眼
隣人・真野早織に相談を持ちかけられるアリス。元教え子が心霊写真を撮ってしまい、気にしているのだという。そしてその写真を指摘した男友達の友人が、不自然な死に方をする。

火村先生不在のアリス大活躍の巻。
真野さんにイイトコロ見せようと、火村先生とのお化け議論を思い出しながら、火村先生から仕入れた薀蓄をフル活用するアリスです。
うっかり真相を当ててしまってしょんぼりしつつ、更に奥にある真実を知って心から嘆くアリスが印象的です。優しいというか感受性豊かというか……うーん、しっくりする言葉が見当たらない


ロジカル・デスゲーム
卑劣な罠にかかり、命がけのゲームに参加させられることになった火村。
三つのコップに、毒入りはひとつだけ。このピンチをどう凌ぐのか。

火村先生の頭の回転の速さに脱帽します。その手があったか!
それもですが、(ネタバレ)自分だけではなく犯人の命も助ける方法を考える、というのが並みじゃないなと思います。
冒頭は物々しい雰囲気ですが、ラストは和気藹々です。
確率の例題がわかり易かった……。数学の神様のご加護を受けていない私でも理解できました。ワーイ。

とことんペシミストな犯人に対して、静かに、けれど強く語りかける火村先生。
引用した三つめの台詞は、こう続きます。


「皮肉の一語で片づけるなら、幸福にもありがたみはない。君は自分のことを不幸だと思っているんだろうが、人はいずれ死ぬ。幸福なんてものは、今わの際に『死にたくない』と叫ばせるために、皮肉な神がこしらえたものかもしれないぞ」


無神論者の先生が『神』という言葉を使ったのが何やら意外でしたが、犯人への説得のためにあえて使ったのかなと思いました。