人生はB級ホラーだ。

良い作家さんになりたい鳥谷綾斗のホラー映画中心で元気な感想ブログ。(引っ越しました)

私という名の変奏曲(著・連城三紀彦)

JUGEMテーマ:ミステリ

「私、泣いてるんじゃないの。偽の目から流れ出すんだから、この涙も偽物よ……」

同じように私は、レイ子に「わかった」と言う言葉を与え続けたのだ。

私は、彼女の若さや美しさを自分のような年齢の、平凡な、魅力のかけらもない男が愛してしまったことに、いつも後ろめたさに似たものを覚え、彼女と逢うたびに、胸の中で意味もなく、謝罪の言葉を呟いていたのだった。



ドレス


久しぶりに小説の感想です。
初めましての作家さんです。読んだキッカケは、帯に綾辻行人先生のコメントが書かれてあったからです(笑)

あらすじ。
美容整形により完璧な美しさを得て、世界的ファッションモデルとして成功と破滅を収めた美織レイ子。
彼女は自分が脅迫した者を言葉巧みに操って、自分を殺させた。
彼女を殺す動機を持つ7人の男女。その誰もが自分が犯人だと信じていた。

キーワードは『破滅』、『時間』、『年齢』です。
ごく普通の娘だった『レイ子』が交通事故に遭い、神の腕を持つ医者によって完璧な美貌を手に入れ、カメラマンやデザイナーの手によってモデルになり、歌やCMを経て、誰もを魅了する微笑と甘い蜜をしたたらせたような声を持つスターになった。スターの呼び名に相応しい、金と色まみれのスキャンダラス性も兼ね備えて。
そんな彼女の心の内は、憎悪と孤独で占められていました。
誰一人そのことに気づかずーーいや、一人だけ『知っていた』人間はいましたが、それでもその人物も彼女に寄り添える、添え木にはなれなかった。

最終的にこの事件の犯人は、本当は誰なのかは明記されてません。自殺でもあり他殺でもあり、7人の誰もがそうであり、8人目もまたそうでした。
トリック自体はとてもわかりやすいものでした。
事件の真相がわかってから、冒頭の第一章を読むとまるで違う意味にとれる一文があります。ああそういうことなのね、といった具合に。

一人の女性の破滅に至る物語。たぶん彼女と同じ年のときに読んだら、彼女に対して『可哀想』という感想を持ったと思います。

けれど今は、身につまされると言いますか……彼女の抱えた孤独に共鳴してしまいます。
また、犯人たちも幾人か死ぬのですが、死んでいく理由が生きている理由と同じようにわからないままだったり、虚飾世界で一人きりで生きるのに必死だった者は、最期まで孤独で自分にすら嘘をつきとおしたままで終わったり、
『レイ子』を人形のように愛した者は人形の言葉に生涯縛られたり、ある者は蟻のように蹲り……。
何とも恐ろしい、死と生です。
そして、ある人物が死体の呼吸を確かめるためにカメラのレンズを2分間も近づけ確かめる、というシーンがありました。
想像すると滑稽です。
なので、感情移入せずに完全なる読者視点で見ると、登場人物たちは『愚かで哀れ』という感想も浮かんできます。

足りなすぎる『時間』が彼女を決心させ、どうにもならない『年齢』がある人物の愛を燃え上がらせ、『破滅』へと間接的に導いた。
どんな愛や優しさなら、彼女にこんな道を選ばせずに済んだのか。変奏曲を奏でず、鎮魂歌を聴いて眠れたのか。
考えてもわかりませんでした。人が人を救うのはひどく難しいのだと暗に言われてる気がします。

登場人物の中には、『美織レイ子』の真実の顔や名前や、どんな風に破滅させられたか、どれほど7人と自身を憎んでるか、そして23歳という年齢に似つかわしい幼さを持っているか知っている人間はいても、
彼女が夜の闇を映したドレスではなく、春の陽だまりが似合うワンピースを求めていたことを、誰一人知らずに終わってしまいました。
このことはとても、悲しいことだと思いました。


ところで連城先生の作品は初読みなのですが、おっそろしく美文でした。
詩的というか叙情的というか。うっとり浸りたいです。
この美しい文体のおかげで、『美織レイ子』がどれほど美しいか、そしてどれだけ淋しがり屋の娘なのか正しく理解できたーーような気がします。