人生はB級ホラーだ。

良い作家さんになりたい鳥谷綾斗のホラー映画中心で元気な感想ブログ。(引っ越しました)

映画/デンデラ

アマプラで観た映画シリーズです。
2011年制作、日本の雪山熊バトル映画です。

 

 

 

 

 


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【あらすじ】
雪深い寒村に住むカユは、70歳となり、お山参り=口減らしの対象となる。
極楽浄土を信じるカユは受け入れたが、気づくと室内にいた。
そこは100歳のメイと捨てられた老女たちが作り上げた村、デンデラ
メイは自分を捨てた村を叩き潰そうとするが、デンデラは穴持たずの熊に襲われてしまう。

 

【ひとこと感想】
70歳は小娘だった、カッコイイババァたちの魂の戦い。

 

※全力ネタバレです。

 

※その前に。
登場人物たちを『ババァ』と何度か呼びますが、侮蔑の意味はなく、その力強さに敬意を表しての呼称です。
『おばあちゃん』とかヌルすぎるぜ。

 

【3つのポイント】
①鑑賞のキッカケ
②クソカッケェんだが?
③復讐は成し遂げられた

 

【①鑑賞のキッカケ】
この作品を知ったのは大好きな漫画、『邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん』。

 

 

comic-ogyaaa.com

 

(最近はラブコメ路線ですがびっくりするほど萌えなくてびっくりしてます)

ちなみにシーズン4の8本目です。
あらすじとプレゼン内容からして、完全に色物邦画と思いましたが――

めちゃくちゃ重かったし刺さった。

展開は力技! という感じでしたが、
オチが本当にすごかったです。

 

【②クソカッケェんだが?】
鑑賞前にオススメします。
キャストの画像を検索しましょう。

特にデンデラ創始者・メイを演じる草笛光子さん。
本当にお綺麗で、上品な都会のマダムという佇まいです。憧れる〜😊

けれど作中では、 💪ものすげえワイルドなイケおば🐟 です。

 

何せ70歳で雪山に置き去りにされたのに行き倒れ死体の服を剥ぎ取って、木の枝をかじり樹液を舐め、火を熾して家を作る女です。
(火がなかなか点かなくて癇癪を起こすけど再挑戦するシーン、共感しかない)
(自分がやらなきゃ誰もやらない的な意味で)

 

彼女は村を叩き潰すことを目標に、30年かけてデンデラを作り、49人の女たちを救ってきました。
『生きるため』です。過酷な雪山で、何もないところで生きていくために。

そんなメイと対立するのは、カユと、正面から復讐に反対するマサリ。
カユは『小娘』として処理できますが、反対派をまとめるマサリはそうもいきません。
2人の対決シーンは見応えがあります。

 

自分たちを捨てた村――特に女たちを働かせるだけ働かせて、しきたりや掟だと言って「自分たちだけうめぇもん食ってる」男たちを叩き潰したいと望むメイ。
掟のせいで夫を殺され、片目を潰されて慰み者にされ続けたけれど、復讐よりも皆の食べ物を集めようと提案するマサリ。

メイはマサリを意気地なしと呼びますが、
いざ村へ赴く際には、メイはマサリに告げます。

 

メイ:「ブルブル震えて待っておれ。
    おめぇたちの分まで恨み晴らしてくっからよ」

 

 

( ω)<カッケェ!!!

本当にこのシーン、サラッとした演出だけどめっちゃかっこいいんですよ!
惚れる。女が惚れる女。

デンデラでは、「みんな女で、みんな年寄り」。
動かないやつはどうなるかと言うと、「面倒を見るだけ」。

そんな一本気のある人々の村は、大自然という脅威にさらされて壊滅の危機を迎えます。

 

【③復讐は成し遂げられた】
熊(親子)、雪崩、再び熊(生き残った母熊)に襲われ、メイもマサリも喪ったデンデラ

けれどカユは、

 

マサリ:「立ち上がるから足を掬われる
     でも立ち上がる
     デンデラを極楽にしてみせる」

 

という言葉を胸に、奮い立ちます。

 

カユ:「ここは地獄だ だから何だ」

 

そう言って、弓矢の名人・ヒカリと熊を追います。
熊を誘き寄せるだけの二人に、途中まで疑問だらけでした。
武器すら捨て、熊を挑発するだけ。なんで突然愚行を?
ヒカリは食われ、カユは走り続ける。

その先にあったのは村。
自らが生まれ、育まれ、年を取ったからと捨てた、今でも家族が住む村。

カユは囮となって、熊を誘導したのです。
村を襲わせるために。

途中から完全に熊バトルで復讐そっちのけだったけれど、ラストで見事に叩き潰した。
デンデラの悲願は成就してしまったのです。

 

【まとめ:姥捨山って】
個人的にはこの言葉に疑問を覚えます。
『姥』捨山。老女を捨てる山。
なぜ『老女』だけなのでしょう。この作品でも老男も捨てられたのに。

『名前をつけて歴史を語る側』の都合か、と思います。
『老捨山』だと、自分たちもいつかは捨てられることを思い出してしまうから。

それを踏まえると、胸に迫るシーンが増えます。

たとえば、メイの夢。
穏やかな気候の山で、自由気ままに散策するメイ。
自分のためだけに――親、夫、子、他人のためではなく、自分が食べるために魚を捕まえて、花を愛でる。
ふと水面に映った自分の顔を見て、食べ終わった魚の骨で髪を梳かす姿は、心がギュッとなりました。

その夢に重なるのが、熊を誘き寄せるために雪山を走るカユの姿。
このまま熊を村にぶつければ、自分の家族も無事では済まないかもしれない。
けれどカユは『村を叩き潰す』ことを選びました。それが「自由に生きる」ということだから。

カユがそんな選択をしたのは、
マサリの言うとおり、「貧しいから」です。

村に到着し、母熊は村人に食らいつきます。
そこには父親の熊も現れ、カユは言います。

 

カユ:「まだ子を産むつもりか」

 

この母熊も凄まじい『女』だった。
片目を潰され、子を殺され、ひどい火傷を負いながらも食って食って食って新しい我が子を産もうとしている。

どんな状況であっても、生きることから逃げない。

そんな『女たち』の姿を描いて、まるで水墨画のような景色の中で起こった物語は、幕を閉じました。

……。

( ・⌓・)<つよい。
(ストレートな意見)

あのカユで小娘なら、自分は受精卵以下だなと思いました。
まだまだです。

 

次回は10月3日 10月10日月曜日、
2020年制作、カナダのホラーコメディ、
『ホラーマニアvs5人のシリアルキラー』の話をします。

 

鳥谷綾斗